『ありおと』における鞠佳と絢のパーソナルスペースについて

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『ありおと』を読んでいて、ふと感じたことが。

それは、鞠佳と絢のパーソナルスペース。

突然、どうして?と感じた方もいるかもしれません。
『ありおと』5巻の鞠佳と絢がPlante à feuillageの控え室でのやり取りを見たのがきっかけですね。

パーソナルスペースとは、他人に近づかれると不快に感じる空間のこと。

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1巻の時、絢が鞠佳にパーソナルスペースを浸食していく様子が描かれていました。
パーソナルスペースを浸食された鞠佳は、絢に陥落。
絢を心から愛するようになりました。

5巻において、Plante à feuillageの控え室で絢が鞠佳の攻めを抵抗していたのは、自分のパーソナルスペース、居場所が壊れるのが怖かったからではないかと解釈している。
鞠佳のことが怖かった部分もありますが、自分が自分でいられる居場所を無くしてしまうのではないかという怖さが頭によぎっていたのかなと。

絢が学校に通っていられるのは、鞠佳がいるから。
ですが、柚姫が鞠佳にボディタッチを行ったりしているのを見て、まるで学校に居場所が無いという感じでした。
柚姫の存在で学校に居場所を無くしかけているの状態でPlante à feuillageという居場所を失うことは絢にとって恐怖でしかありません。

我慢していた状態だったとはいえ、鞠佳の攻めに抵抗せざるを得なかったのでしょう。

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一方、鞠佳も絢に学校で攻められるのを嫌がっていました。
鞠佳にとって、学校というのは自分の居場所。
パーソナルスペースと言っても過言ではありません。

鞠佳に攻められた絢は、学校で自分のしたことの重さに気付いていました。

『女同士とかありえないでしょと言い張る女の子を、百日間で徹底的に落とす百合のお話』において、各キャラクターのパーソナルスペースは、話を追う上で欠かせない要素だと感じている。

鞠佳と絢のやり取りを見ていると、大好きな人との距離感というのは想像以上に難しい。

デリケートな部分もしっかり表現している部分も作品の魅力なのだと実感した。

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