『最果てのともだち』14話の感想と考察を紹介します。
作品をおさらいしたり、触れるきっかけになれば幸いです。
基本情報
タイトル | 『最果てのともだち』14話 |
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サブタイトル | 誕生日のねがいごと |
作者 | 雪宮ありさ(@yukimiya_7sb) |
掲載誌 | まんがタイムきららフォワード2022年7月号 |
出版社 | 芳文社 |
発売日 | 2022年5月24日 |
ISBN | 4910082710727 |
サイズ | B5 |
『最果てのともだち』14話の内容
前回、ユウを連れてきたアサヒを見て、激怒したキヨ。
先生の助言を受け、アサヒとユウは廃校舎を訪れることは無くなった。
『最果てのともだち』14話では、11歳になったアサヒの誕生日の様子と先生がキヨは一体何者なのか核心に迫る様子が描かれていました。
キヨのことを考え、涙するアサヒは何を思うのか。
廃校舎に行かなくなって
廃校舎がドドンと登場するところから始まるわけですが、前のページとの並びがジワるの一言に尽きる。
Twitter上でも触れている方を何人か目にしていますね。
『観音寺睡蓮の苦悩』を読んでからのムーブはいろいろな意味でヤバい。
淡い感じといえば良いのか、廃校舎が描かれているコマを見ている限り、時間の経過とともにキヨと過ごした学校生活はどんどん色褪せているといった印象を受ける。
5年生になって、ユウと仲を深める度にキヨと接する機会も無くなっていたのでしょう。
先生の助言も大きいと思うけど。
11歳のバースデイ
アサヒの誕生日会は、『最果てのともだち』14話における見どころのひとつだ。
アサヒ・ユウ・アサヒのお母さんの笑顔が眩しい…
この場面はアサヒが欲しかったもののひとつなのでしょう。
キヨと一緒だと得られなかったであろう瞬間のひとつと言えるだろう。
卵焼きなどを見ていると、4話における遠足のエピソードが頭に浮かぶ。
美味しいご飯をキヨと一緒に食べることはできませんでした。
ユウからの誕生日プレゼントは、アサヒとユウの写真が貼られたコルクボード。
アサヒの行動範囲が増えただけでなく、学校内外ともに充実しているのが分かる。
キヨと一緒だと得られなかったであろうもののひとつだ。
コルクボードの余白はアサヒが埋めて欲しいというユウの願いが込められている。
この願いが叶うのかどうか。
余白を埋める時間をキヨのために使うという選択が頭に浮かばなくも。
ペルセウス座流星群
アサヒの誕生日・8月14日はペルセウス座流星群を観測できる日でした。
7月20日頃から8月20日頃に見られ、8月13日前後にピークを迎える流星群だとか。
ちなみに、ペルセウスはメドゥーサを倒した英雄でパーシアスと呼ばれたりする。(遊戯王でパーシアスと名のついたカードが何枚かあったね
アサヒの願い
ペルセウス座流星群の夜、アサヒとユウは流れ星を見てお願いをすることに。
お願いするシーンは今後の話を追っていく上でポイントになってくるのかなと。
そう感じた理由はアサヒも言及していましたが11話でプラネタリウムに映った流れ星にお願いシーンが頭に浮かんだから。
アサヒがプラネタリウムに映った流れ星にしたお願いは「キヨとずっと一緒にいられますように」。
キヨに話した変わりたいという願いはユウと親友になったことで果たされたと言っても過言ではないのかなと。
ユウと一緒に願い事をお願いするシーンでキヨのこと・流れ星にお願いしていた時の出来事を思い出して涙していたのが印象的だ。
ユウも内緒と言ってお願いしていましたが、その願いはおそらく「アサヒとずっと一緒にいられますように」だろう。
アサヒはユウが何をお願いしたかを察していたのかもしれない。
ほぼ全く同じシチュエーションを経験しているからこそ。
シロツメクサの栞を見て、自分にはもう必要ないとアサヒは言っていたけど、まだ使う場面がありそうだと感じた自分がここにいる。
「キヨとずっと一緒にいられますように」という願いが達成されていないからだ。
シロツメクサの花言葉は「約束」・「幸福」そして「復讐」。
約束と聞くと、アサヒとキヨの指切りげんまんがだな…
約束を破ると、キヨは一体何をするのかと想像したらゾッとする。
「約束」というのは、『最果てのともだち』という作品を形作る上で欠かせないものだなとしみじみ感じている。
約束を果たすためには、後戻りできない選択をしないといけないような。
アサヒとキヨの約束が果たされたら、ユウは一体どうなるのだろうか。
アサヒと同様にクラス全員からいじめられるのかといった疑問が頭に浮かぶ。
廃校舎では
アサヒが訪れなくなった廃校舎では、キヨと先生がいた。
キヨに寄り添う先生から優しさが伝わってくる。
アサヒに向けた優しさを思い出すなと。
流れ星を廃校舎から見たキヨの「願いは生きている人間の特権」という言葉が重い…
本物の流れ星が流れているのも相まって、言葉の重みが増していたと思う。
プラネタリウムを見ていた時に比べ、願いは与えられないというキヨの言葉は強かった。
先生に学校の生徒ではないことを指摘され、肯定するキヨが怖いこと、怖いこと。
キヨは一体何者なのでしょう。
元々、生きていた人間かどうかも怪しいところですが。
生きていたとしたら、アサヒに生前のことを少しでも話すことができたはずだ。
遠足帰りのアサヒに家族が作ったお弁当のことなんて知らないと言っていたのは、家族が作ってくれたか・家族なんていなかったのどちらかが理由なのだろう。
変わらなくて良いと言ったのは、変わりたくても変われないという苦しみもあったからなのかな。
最後に
『最果てのともだち』14話はアサヒのバースデーに加え、先生がキヨは一体何者なのか問いかける様子が描かれた回。
各キャラクターの願いや約束を掘り下げていたのが印象的です。
キヨは一体何者なのか。
残りのエピソードで何が描かれるのか気になるところ。
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