【感想・考察】『メールブルーの旅人』5話で描かれていた世界についての解説

まんがタイムきららキャラット2022年7月号に掲載されていた『メールブルーの旅人』5話の感想に加え、作中に登場した世界について触れていきます。


『メールブルーの旅人』5話の内容

DSC_4996.JPG

『メールブルーの旅人』5話はハカセとクマノミが「階段」の情報世界を探索し、ロマリーという旅人に出会う様子が描かれていました。

クマノミの報告を聞いたハカセは、クマノミより先に人生という名の階段を登り切ってしまうと感じるのであった。

『メールブルーの旅人』5話の感想

告知を見て、少し経った時にハカセと同じようなことを考えていた。
ラストの人生という単語を見て、うんうんと感じていた自分がここに。

告知や話を読んでいく中で人生という単語が頭に浮かんだ方は一体どのくらいいるんだろう?

クマノミと話すハカセの顔が優しかったのが印象的だ。
自分はクマノミよりも先に登り切ってしまうというハカセの言葉に重みがある。

いろいろな人の人生・人生という名の階段を登っていく過程を1つの話に落とし込んだ回だと思う。
ハカセ達の会話を見て、いろいろ考えさせられた。
だけど、ひとつひとつのやり取りについて考えていくのが楽しい。

難しく、奥が深いテーマに切り込んでいくところは『メールブルーの旅人』の強みだ。
毎回、どんなテーマを持ってくるのかと心をワクワクさせている。
今回の話も意欲的な回だったんじゃないかなと思う。
個人的には、楽しめた。

ゲストキャラクターのセリフに重みがあって、いろいろ考えたりした。

次はどんな世界が待ち受けていて、ハカセとクマノミは一体どんな道を進むのか気になるところ。

『メールブルーの旅人』5話の解説

『メールブルーの旅人』5話で登場した世界・描写・キャラクターなどについて触れていきます。

5話で登場した世界

5話でクマノミが訪れたのは「階段」の情報世界。
どこまでも続くらせん階段が特徴的でさまざまな人が頂上を目指し、登り続けています。

ハカセは、人生みたいと感じ「生きる」という概念がふさわしいと言っていました。

甲斐バンドと呼ばれるバンドが「らせん階段」という楽曲を発表しており、人生のことについて触れていたのが特徴的。

ちなみに、自分は作中、登場したらせん階段を見て、バベルの塔を思い浮かべたりしました。
天高くそびえる姿がですね…

作中登場したらせん階段はどこまで続いているかは具体的には言及されていなかったものの、休憩所にいたおじいさんの言葉などから推察していくことになるのかなと。
登り切ると、今度は一番下まで降りていくことになるのでしょう。

ロマリー

『メールブルーの旅人』5話のゲストキャラクター。

らせん階段を1人で登り続けている人です。
登る理由は、そこに階段があるから。
多くの荷物を抱えており、整理が苦手とのことです。

休憩所で出会ったおじいさんの帽子を貰い、再びらせん階段を登り続ける決心をしたところでハカセ達と別れることに。

Twitterで公開されたイラストには、ロマリーのリュックには、ギターとハーモニカが入っているような描写があります。

https://twitter.com/rekodapeta/status/1529847883230752770

いろいろなことに触れたり、経験してきたのかなと。
ロマリーのセリフなどから察するに、リュックの中身を空にするのも人生における目的のひとつではないかと解釈しています。

登るも止まるもその人次第

ロマリーのようにらせん階段を登り続ける人だけではありません。
中には、途中で登る足を止める者も…

らせん階段を人生に例えるなら、疲労は人生における挫折・疲労といった印象を受けます。
人生は常に順風満帆とは限らないです。
時には、挫折を経験することもあります。
浮き沈みの無い人間はほぼいません。

再び登れるようになるためには、自らが変わり、前に進む決意をする必要があるのでしょう。
変わるためのきっかけを掴み取れるかどうかも立ち上がれるかどうかのポイントになってきます。

止まるも進むも自分次第だから気楽かつ過酷というロマリーの言葉に重みがあります。

ロマリーの足取りが軽くなった理由

ロマリーはハカセとクマノミが一緒だと足取りが軽くなったと言っていました。

ロマリー自身、疑問に感じていたものの、その答えをロマリー自身が口にしています。

足取りが軽くなった理由は、人生に変化が生じたから。
今まで、1人でずっとらせん階段を登り続けていましたが、束の間の出来事ではあるものの、ハカセとクマノミの存在がロマリーの旅路に変化を与えています。
孤独が解消されたらこそ、ロマリーの足取りが軽くなったのでしょう。

だからこそ、足を止めた人に立ち上がるきっかけを与えられたわけで…

人は常に誰かに影響を与えているみたいなことを耳にしますが、ハカセとクマノミの存在はまさにそれ!といった感じです。

ロマリーが口にした「きっかけ」

ロマリーは「きっかけ」次第で立ち止まってしまうのではないかと時々感じることがあると口にしていました。
その可能性はゼロではない気がします。

仕事や人間関係など、何かしらのきっかけで挫折をすることで人生という名の旅路を歩むことができなくなる場合も。
後は変化していくことを恐れ、その一歩が踏み出せなくなったり。

恐怖で足が重くなるとロマリーが口にしていたのも印象的です。
重くなる瞬間といえば、究極の選択を迫られる時やここぞという場面とかいろいろ挙げられます。

ひょっとしたら、ロマリーは足を止める寸前の状態だったのかもしれません。

誰かに足を引っ張られて、その足を止められることもあるようです。

休憩所

ハカセ・クマノミ・ロマリーは休憩所でひと休みを取ることに。

休憩所には、らせん階段を登り切ったおじいさんがいました。
らせん階段の途中にどうして休憩所が用意されていたのか疑問に感じた自分がここにいます。

作中の描写から察するに、休憩所は長い人生を送るためにひと休みする場所なのでしょう。

頂上を目指すため、人生を終えるために多くの人が休憩所を利用したのかなと。

休憩所の中で体力を養うだけでなく、それまでの人生を振り返るのにも使えそうです。
実際、おじいさんは、ハカセ達にこれまでの人生について話していました。

冥途の土産というおじいさんのセリフが出てきましたが、死期を悟っていたのかもしれません。

後は、出会いと別れの場所といった側面もあるのでしょう。
人間、前に進むだけでなく、時には立ち止まる必要があるのかなと。

登り切ることで見えるもの

らせん階段を登り続けることにより、悪い出会いや良い別れのきっかけができたと気付くことができます。

ロマリーは頂上まで登り切っていないものの、そのきっかけをすでに手にしていたことに気付き、ラッキーだと口にしていたのも印象的です。

おじいさんも半端に終わるのはもったいないから、最後までやり遂げて欲しいと言っていました。
場合によっては、あと一歩のところで人生や旅のゴール・目的に達成できるかもしれないと言っているような感じがしなくも…

休憩所でロマリーが得た物と手放した物

ロマリーは休憩所に自分の帽子を置き、おじいさんから帽子を貰い、らせん階段を再び登ります。

おじいさんの防止は出会いと別れの証であると同時に新たな旅のお供といった印象を受けます。
クマノミがちょっとした2人旅になると言っていました。

ロマリーが帽子を休憩所に置いたのは、人生の終わりに向けて身辺整理を行ったと同時に誰かの旅のお供になって欲しいという願いが理由なのかなと。

ロマリーの「整理」という言葉が引っ掛かります。

ハカセに残された時間

ハカセはクマノミと人生という名の階段を登れる時間が限られていることを察していました。
その時間内でお宝を見つけつつ、やりたいことを達成する必要があるのでしょう。

最後に

『メールブルーの旅人』5話は、人生について掘り下げた回です。

ロマリーやおじいさんの存在は、ハカセとクマノミに大きな影響を与えたのかなと。
果たして、ハカセとクマノミは人生という名の階段を登り切れるのか。

この記事へのコメント