それはどんなスイーツよりも甘く、どんな肉よりもジューシーで…どんなワインよりも深く濃厚で…
柔肌から滲むそれはバラのように赤く、最上級のフルボディよりも赤く。
心の空腹を満たすため、少女は今日も剥き出しの感情をあの子に向ける。
対するあの子も心の底から湧き上がる感情で満たすために少女の牙を受け入れる。
今回は『あまがみエメンタール』の感想について語っていこうと思う。
心の声を吐き出させて頂きます!
『あまがみエメンタール』とは
『あまがみエメンタール』は全寮制の女子校を舞台にした百合ラノベ。
噛み癖のある莉子と莉子の噛み癖に応える心音の学校生活に加え、2人が心と心を通じ合わせていく様子が掘り下げられている。莉子の贈り物に違和感を感じた心音は真実を追い求めていく。
2009年に一迅社文庫から発売された本作ですが、星海社から新装版が発売されることに。
瑞智 士記先生と椎名くろ先生のタッグ。『幽霊列車とこんぺい糖』の時と同様のタッグですね。
瑞智 士記先生は『あかね色シンフォニア』の原作者でもある。
DTMを題材にしている。『あまがみエメンタール』の旧バージョンを持っている方の中には、『あかね色シンフォニア』を購入している方もいるかもしれない。
椎名くろ先生はオーバーラップ文庫の『百合の間に挟まれたわたしが、勢いで二股してしまった話』のイラストを担当している。
星海社といえば、『夢の国から目覚めても』を出した出版社だ。多くの百合好きの方にとっては馴染みのある出版社なのではないだろうか。
噛んで噛まれて互いに依存し合う百合ラノベ
噛んで噛まれての依存関係を見れば見る程、引き込まれてしまう…
心音と莉子の関係がどのように変化するのか・一体どのような結末が待っているのか気になり、どんどん読み進めていった。
『幽霊列車とこんぺい糖』同様、世界観の作り方が上手いなと感じる。真実を知り、現実に向き合うことの辛さという幹については『幽霊列車とこんぺい糖』と共通している部分ではないだろうか。莉子を取り巻く家庭環境については通ずる部分があると感じたのが自分の意見。
それにつけても傷痕が残るくらいに噛み続ける莉子とそれを受容する心音の百合は恐ろしくも蠱惑的だ…
噛んで噛まれての依存関係は『あまがみエメンタール』における魅力の1つ。
心音の心と体にあちこちマーキングされた莉子の印。それは心音の心を満たす。
心音と莉子の間に誰も入り込むことができない。
嚙んで嚙まれての関係性により、脳汁が出るのかどうか気になるところ。
莉子が噛みつき続けるのは心音が美味しいだけでなく、寂しさを埋めるためなのだろう。母親・摩耶と離れ離れの莉子。摩耶のいない環境で12年の年月を過ごすというのは摩耶のことが大好きな莉子にとって耐え難いことだ。だからこそ、心の空腹を満たすために莉子は心音をひたすらに噛みついていく。
対する心音も両親から見捨てられた孤独感を満たすかの如く、莉子の噛みつきを受容し、心の空腹を満たしていく。ただ1人、莉子に求められているという事実が心音の存在意義なのかもしれない。
帯を見ると、互いに求め合っているのを実感することができる。
挿絵も莉子が心音を噛みつく様子に絞るところも徹底している。
独自性のある百合ラノベだと思う。ありかなしかで言ったら、あり。
愛おしき傷痕を忘れないために積み重ねられた乙女のアルバム
莉子につけられた傷痕を愛おしそうにする心音も中々にヘビー。
心音の人には言えない秘密は驚かされること間違いなしだろう。
常人には理解できないであろうものを収集する一面は『きもちわるいから君がすき』に登場する依子が頭をよぎる。
両親から見捨てられ、俗世間からほぼ隔絶された学園で生きる心音は傷痕を見る度、ここにいて良いと感じていたのかもしれない。
莉子に噛まれている時の心音はなんだか幸せそうだ。
愛する人を救うために真実を追い求める少女の決死行
莉子のために心音が決死の覚悟で思い切った行動に出るところにシビれたな…
愛する人のために全てを失うかもしれない危険を冒してでも真実を知ろうとする心音はシンプルにカッコいい。
無茶しやがってと言いたくなるけど。
真実を知ることにより生じる葛藤と真実を告知することの葛藤をまとめた1冊
真実を告知することに加え、現実を知ることは大きな葛藤を生む。最低な現実を受け入れることは中々難しい。人によって、知りたくない真実を知った際の反応が異なる。
莉子にとある真実を告知することにより、大きなショックが生じるかもしれない。莉子の母親・摩耶と叔母の芽衣は真実を伏せ、とある小細工を行うことに。いずれ、莉子が真実に辿り着くのを考えたら、摩耶と芽衣の選択はありなのかどうか悩む。
前述でも触れたけど、受け入れたくない現実を受け入れるという点は『幽霊列車とこんぺい糖』と共通している。
真実を隠し続けることで生じる葛藤について触れられていたのも印象的。隠し続けたり、嘘をつくのは心身を擦り減らす。
真実に辿り着いた時の心音と莉子がどのようなやり取りを行うかにも注目だ。
外の世界から隔絶された女子校の向こうで一体何が起きているのか分からないことで生じる葛藤・真実は一体何なのか知りたいという葛藤・最低な現実をいずれ告知しなければならないという葛藤・真実を隠し続けることで生じる葛藤。いくつもの葛藤が織りなし、1本の物語を形成していく。
壁を隔てた向こうで一体何が起きているか分からない。インターネットが思うように使えない学校内では、外の状況を思うように知ることができない。そんな環境が心音と莉子の葛藤を増大させていく。
真実を知る難易度をできる限り上げることにより、心音の無謀かつ勇気ある行動が映えるのかもしれない。
綺南の聖域
心音と莉子のクラスメイトである綺南が心音に対する想いを膨らませていく姿も見どころに挙げられる。
手つかずの領域であるそこは綺南が付け入ることのできる唯一の場所。しかし、その周りには莉子の印が無数に広がる。そんな絶望感が綺南に襲いかかる。
心音達と共にそのまま青春を謳歌できたかもしれないのに関わらず、莉子に敗北した綺南は…
綺南が心音にまさかのサプライズを明かした後の教室はまさに夏草や兵どもが夢の跡といったところだろう。
綺南もまた、受け入れたくない現実に葛藤する1人の少女。
宝生さんの追い求める被写体
心音と莉子の脇を固める宝生さんの活躍も見どころだ。
最高の被写体を求める宝生さんはレンズ越しに映る心音と莉子を捉えることに。
莉子に対して並々ならぬ想いを抱いている点に注目したい。
最高の被写体を映したいという葛藤・被写体の最高の姿を引き出すのは宝生さんではないという葛藤。報道カメラマンを志す宝生さんには、2つの葛藤が渦巻いていたと思う。特に、被写体の最高の姿を引き出せないという現実に直面した際、宝生さんは相当悔しがっていたのだろうな。
被写体が最高に輝く姿を映すためには、機材・天候・シチュエーションなどが関わる。誰と一緒にいるか・誰が撮るかも被写体を撮る上で重要な要素ではないかと解釈している。
カメラを題材にした百合といえば、『ルミナス=ブルー』が頭に浮かぶ。
あちらもカメラに映る被写体の魅力を十二分に引き出していた。そして、カメラの要素は『今日はカノジョがいないから』にも受け継がれている。
エメンタールとは一体何か
エメンタールはスイスの地名。穴あきチーズのエメンタールチーズはチーズの王様と呼ばれている。
心音の柔肌は莉子にとって、エメンタールチーズのような奥深い味わいだということを表しているのだろう。
作中において、莉子は何度も何度も何度も心音に噛りつく。
母親の愛情に飢えている莉子の舌にママの味が広がっていたのではないだろうか。
エメンタールとは、心音が噛まれた際に感じる快感と莉子が噛んだ際に感じる快感だけでなく、母親の愛情をも内包しているような気がした。
汗のしょっぱさや血の持つ鉄の味なども込々で莉子は心音を求めたわけで…
最後に
噛んで噛まれての依存関係についてとことん掘り下げた『あまがみエメンタール』。
強く依存すればする程、時に危険が伴う可能性があることも触れられている。求めることで生じる感覚と求められることで生じる感覚は人に大きな影響を与えるのかもしれない。
また、『幽霊列車とこんぺい糖』と同様に現実に立ち向かうことの困難さも物語にしっかり落とし込まれている。もちろん、ただ単に焼き直ししたというわけではなく、綺南と宝生、摩耶、芽衣の葛藤についても掘り下げることで物語の厚みが増しているのも魅力的。
『あまがみエメンタール』の話を振り返ったり、手に取るきっかけになれば嬉しいですね。
『幽霊列車とこんぺい糖』をまだ読んでいない方はこちらも是非手に取って頂けたらなと思うばかり。
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