『ぜんぶ壊して地獄で愛して』25話の感想を紹介することに。
『ぜんぶ壊して地獄で愛して』25話の基本情報・内容
| タイトル | 『ぜんぶ壊して地獄で愛して』25話 |
|---|---|
| サブタイトル | 声 |
| 作者 | くわばらたもつ(@kuw8ra) |
| 掲載誌 | コミック百合姫2025年11月号 |
| 出版社 | 一迅社 |
| 編集部のTwitterアカウント | @yh_magazine |
| 発売日 | 2025年9月18日 |
| ISBN | 4910137391154 |
| サイズ | B5 |
来未は停学中の直井に自らの想いをぶつけるため、直井の家へと向かう。そこには、恭華の姿も。
- 直井に自分の想いをぶつける来未
- 腹黒な恭華
- 変わる心
- 保身に走る堀江
- 独りぼっちの伊佐沼
『ぜんぶ壊して地獄で愛して』25話の感想
来未と直井による本気のぶつかり合いが熱く、来未の「好きだからに決まってんだろ!」の一言がロックだった…
来未による魂の右ストレートが直井を困惑させた…
来未の告白が特に印象的だったな。変に着飾った言葉じゃないからこそ、余計に響く。背景が真っ白なせいか、来未と直井のやり取りがより目立つ。ここを見せたい!というのがよく分かる。来未と直井の間に誰も入り込むことなんてできない。
直井は来未の告白になんで?と困惑していたけど、そんなの来未を救った空に決まってるからでしょ!直井がいなかったら、心や真美子の期待に押しつぶされていた。そんな来未が解放され、心から一緒にいたいと思える人に出会うことができた。
直井が来未を救ったように、今度は来未が直井を救う。来未と直井の百合がエモい。
直井も結局、来未と同じだった。両親のことで苦しみ、学校での居場所もなく。解決の糸口を見つけることもできず。一人で生きるすべもない。
人との接し方が不器用だから、人を傷つけたり、何かを壊したりする。そんな一面が来未と直井はよく似ている。似た者同士だからこそ、2人は引き合わされた。
数多くの理不尽が襲い掛かる現代社会は、確かに地獄なのかもしれない。もっといえば、重荷にしかならない期待や失望を与え続ける家族や事なかれ主義かつ互いに信用し合わない教室が地獄。右を見ても、左を見ても、クソみたいな現実が目につく。時には、どうしようもない無力感を胃袋いっぱいに味わわされる。もっと飲めと言わんばかりに浴びるくらいに。
人間誰しも、救いを求めているのかなと来未と直井を見ていると感じてしまう。恭華を見ていると、生きていることを感じたいと人間は思うのかなと。心や伊佐沼、峰を見ていたら、人間は好きな人に愛され続けたい・愛に飢え続けているのかなと思わなくもない。堀江を見ていると、人間はどれだけ罪を犯し続けても許されたい生き物なんだなと感じてしまう。
理不尽極まりない現実のなか、直井のために動く来未がカッコよく映る。『ぜんこわ』1話から25話を通して、25話の来未が一番カッコいい。
居場所がないのに苦しんでいるのは、直井だけじゃない。多くの人間が居場所を求めて彷徨っている。学校って世の中の縮図みたいなところありますよね。中高一貫を取り入れている進学校とかならまだしも、いろいろな経済状況の人が集まる公立とか。進学校のなかでも、上には上がいることを思い知らされるのかもしれないけど。みじめになるという直井の気持ち、分からなくもない。
来未の想いに直井はどう応えるのか。
『ぜんぶ壊して地獄で愛して』25話の考察
アーチを台無しにしたのは直井なのかどうかを来未が確かめる様子が描かれた『ぜんこわ』25話。多くの読み手の方が直井ではないと予想していたのではないだろうか。来未は直井の家まで行って、直井に好きだと叫んだ。
ここでは、主に以下の点に触れていこうかなと。
- 分かっていない恭華
- 心の変化
- 堀江・教師失格
分かっていない恭華
恭華は直井のことを全然分かっていない。直井が苦しんでいること・アーチを台無しにしたのが直井ではないこと・直井が来未のことを好きだということを。
直井は人を傷つけることが生きがいなんかじゃない。接し方が分からないから、人を傷つけてしまう。どうやったら人と仲良くなれるのか分からないから、苦しくなる。来未とどう接したら良いか分からないから、来未と距離を取ろうとする。
表面だけ見ていたら、本当のことにたどり着けない。恭華を見ていると、そう感じてしまう。人心掌握術に長けてはいるけど、全員に効くわけではないようだ。直井がアーチを台無しにするメリットなんてまるでない。直井だったら、もっと上手くやっているだろう。
直井のことを分かっていない事実に恭華が信じられないといった表情を浮かべていた。
直井がアーチを台無しにしたと嘘をついたのも、来未に危険が及ばないようにするため。恭華が来未に何をするか分からない。来未を守ろうとするため、我が身を犠牲にしていた。大切な人のためなら、我が身を犠牲にする直井は、『ぜんこわ』の中で最も優しい女の子なのかもしれない。恭華がクラスを支配していた時も、直井は勇気を胸に理不尽に抗った。
強くなった来未と誰よりも優しい直井を見れば見るほど、恭華が小物に見えてしまう。
心の変化
心は東と接していくなかで変わることができたようだ。バレーをやっている心と東は生き生きしている。一台のスワンボートに3人乗るって狭すぎやろ??
心が変わっていくのを見て、来未も変わらなくちゃいけないと感じたようだ。心は想像以上に影響を与えている。
明音がいなかったら、心と東は仲良くなることなんてなかったのかな。心だけではなく、東も救った名脇役。心・明音・東のグループは誰も信じることができない教室のなかに残った希望といった感じも受ける。
心は来未の恋人になれなかったけど、来未にいい影響を与えた親友になれたのかもしれない。
見た感じ、運動が苦手そうだけど、自分なりに乗り越えようとしている。来未に依存しなくて済んだ。
堀江・教師失格
堀江はどこまでいっても、教師失格だった。堀江が築き上げてきた砂上の楼閣が完全に崩れ落ちた。もうどうにもならない。化けの皮が剝がれた堀江は、カッコ悪すぎる。誰も頼りたい・信じたいと思わないだろう。来未も伊佐沼も堀江に失望したのは確か。自分のメンツを保つために直井を犠牲にするとか卑怯すぎる。
直井を傷つけ、来未を怒らせ、伊佐沼を失望させた。直井に今までの騒動全部被せて自分は助かろうとする。そうは問屋が卸さない。
来未がいなかったら、伊佐沼はどうなっていたんだ??ひょっとしたら、大ケガしていた可能性も…少なくとも、伊佐沼の心に大きな傷がついた。それも深い深い。
伊佐沼は独りぼっちになった。東を突き放し、堀江に醜い姿を見せられ、峰に裏切られる。そんな状態で、伊佐沼は誰を信じられるというのか。峰が手を差し出したところで、伊佐沼は喜んで手を伸ばせるのか。少なくとも、私だったらできない。
伊佐沼の成功を挫こうとする峰の行為は、友情でも愛情でもない。ただのワガママだ。
堀江はそのまま無事に教師を続けられるとは思えん。問題解決できない問題教師として、再教育を受けることになるのかなと。もしくは、そのまま教師を辞めるか。どこの学校に行っても、堀江は通用しない。
伊佐沼にキレていたのは、冗談だとか言い訳していたけど、とてもそうとは思えない。生徒のことなんて、ちっとも考えていない。自分の保身のため。楽をするために逃げ続けてきた。ちゃんと生徒に向き合えていなかったことが、皆を苦しめた。それが分からない限り、教師として責任を果たすことなんてできないと思う。
伊佐沼を助けたのが、伊佐沼の大嫌いな来未。伊佐沼にとって、あまりにも複雑すぎる。
最後に
真実の一部を知った来未が直井に自分の想いをぶつける様子が描かれた『ぜんこわ』25話。
来未の声に直井が応えるかどうか。もがき苦しみつつも、誰と一緒にいたいかを決める来未がカッコよく映る。人間味あふれるキャラクター達が一つ一つのやり取りに厚みを与える。
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